• Resident of Palo Alto, California
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  • Undergraduate Colby College, 2016
  • Major Geology
  • Minor Chinese
  • Membership GSA: Geological Society of America
    AGU: American Geophysical Union
    APS: American Physical Society
  • JofUR: Journal of Universal Rejection

 物心がついた時、いや、生まれた時から、実家というものがありません。

 父親は日本で働いている普通の会社員で、僕が幼かったころは、よく地方への配属を命じられたのでした。

 生まれてから最初の二年の記憶は、最早ありません。親に聞かされて、写真を見て、僕は山口に住んでいたんだという事実だけは頭のなかに入れてあります。

 久留米にいた頃から電車が好きで、天神とを結ぶ西鉄の特急に乗り、最前列で展望をかぶりついていました。久留米駅すぐそばの複合施設のゲームコーナーでキャッチャーのゲームに失敗してしょげていたところを、たまたま通りがかった女子高生の人に見られ、彼女たちがゲットした茶色いクマのぬいぐるみをプレゼントしてもらいました。この頃の記憶が、たぶん一番古いです。

 幼稚園に入って福岡市内に住むようになったころ、新しい家族が増え、幼稚園で友達もでき、当時はダイエーの名前がついていた福岡ドームから、大濠公園、赤坂までを歩きまわり、ドライブに出かけ、そしてそのまま次の街長崎へ連れて行かれるのでした。

 住んだ年数に若干の差はあれ、このルーティンは長崎に行っても、東京に行っても、さほど変わりありませんでした。このころに、僕たちみたいな人間が「テンキンゾク」と呼ばれるんだということ、そしてそれは決して僕たちだけではないということを知りました。

 出かけた最後に帰る家は、いつもありました。ですがそこはいつだって、永遠の実家ではありませんでした。誰かが所有するアパートメント。明日離れる覚悟が必要な家。去年の家が、来年も同じとは限らない。昔住んでいたところに手紙を送っても、それを僕に渡してくれる人はいません。物事が永遠でないという真理は僕の家にありました。

 こういう家族のもとに生まれて、転勤を繰り返す家族として生活していたこと。今の自分はその帰結であることや、全ての人間がやどかりであることに気づけたのは幸いでした。いつかは皆故郷を離れて別の街で住むようになる。僕の場合はその頻度が極端なだけです。

 ウェブサイトは、そんな僕が初めて得た定住地です。僕が地球上のどこに移っても、意思を表示出来るところ。僕に気軽にコンタクトを投げかけられるところ。僕が家だと、感じられるところ。明日の引っ越しを心配せず、ものを散らかせるところ。僕がいなくなってお金が払えなくなったり、サーバーの面倒を見られなくなったらすぐ消滅するので、永遠には残らないという人生観ともよく合いますし。

 ここ数年、家 (=ウェブサイト) を作っては取り壊しを繰り返していましたが、今回は既存のシステムにとらわれず、骨組みから設計を考えてみました。コードとか見ると、だいぶ汚いように感じられるかもしれませんが、少なくとも表面はそれなりに整えてあると思います。